彼の半面

廊下と仮面

彼の半面

 

彼の半面はとても善良だ
べつの半面は語りたくないが

 

彼の半面は家族を愛し仕事を愛し
世界を愛し常識を愛し
動物を愛し植物を愛し
同僚や他人をも
まったく愛さないわけではない

 

道を渡るときも
彼は横断歩道を渡るだろう
赤信号では渡らない
黄色なら滅多に渡らない
彼はカラオケで音程を外さないし
割り勘で少なく払ったことがない

 

彼の半面はとても善良だ
彼はおそらく誰からも好かれている
すべての人とまでは言わないが
むしろそこが好ましい

 

彼は借金を頼まれても
めったに断らないらしい
断るときも
お金の使い道を聞いてからだ

 

彼の話し方は論理的だし
誰が聞いてもわかり易い
説得力もありユーモアもある
彼は多弁ではないが
決して口べたではない
彼の行動はほとんどの場合
理にかなっている

 

多くの子供達が
彼をお手本にすべきだろう
べつの半面はともかくも

 

彼のことが好きかと聞かれたら
嫌いではない
と私は答える
彼の半面が素晴らしいから
べつの半面は語りたくないが

三つの仮面

2 COMMENTS

桜田丸彦

この男は藤沢周平の「亭主の仲間」に登場する安之助だ。不気味だ。恐ろしい男だ。
新潮文庫『時雨みち』所載の短編。別の半面にゾクッとする。

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畑中しんぞう

コメントありがとうございます。
このサイト内の文章はすべて筆者の妄想による創作です。
他者の作品や作中人物とは一切関係がありません。
でも、もちろん読んだ方が想像を膨らませて頂くのを排除するものではありません。

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