結び目売り

石畳と結び目

結び目売り

 

そのころのぼくときたら
毎日縄の結び目を売って生活していた
一重に結んだものや二重に結んだもの
三重や四重
それからどうやって結んだのか判らない
大きな結び目も
ほんとうによく売れた

 

ぼく自身は結び方を知らないので
結び屋から仕入れていた

 

仕入れ先はいくつかあった
たいていは
偏屈な中年男性がやってることが多く
森の小屋とか
山の上とか
ゴミ捨て場の近くとか
分かりにくい場所に
彼らの家はあった

 

家族がいなくて
一人で生活してる人が多かった
ぼくが行くと
コーヒーを入れてくれる人もいるが
ほとんど目を合わせない人も多かった

 

ぼくが肉や魚を彼らに支払い
彼らが結び目をぼくに渡す
たいてい無言でその交換がなされる
結び目はできの悪いものもあったり
油で汚れていたり
やけに細かったり
売りにくそうなのもあったが
ぼくは選んだりしなかった

 

売れるか売れないかは
お客さんが決めることだ

 

そのころ海べの町に住んでいたので
食べるには困らなかった

 

ぼくが漁師のおかみさんの家に行くと
おかみさんは袋の中から結び目を選び
貝殻でぼくに支払ってくれる
値段の相場も実はよく判らなかった
ぼくはただ支払ってくれるのを
受け取るだけだ

 

それから市場に行って
その貝殻でぼくは食べ物や衣類を買った
そんなことでなんとか生活は成り立っていた
ぜいたくな暮らしじゃなかったけど
ぼくには家もあったし

 

休みの日には
朝からギターばかり弾いていた
相当に下手くそだったけど
誰に聞かせるわけでもないから
平気だった

 

ある日
何軒か売り歩いて
両側に家の立ち並ぶ細い石段を
くねくねと登っているとき
見慣れない扉を見つけた

 

でも見慣れないと思っただけで
過去に何度もそこを
通っていたのかもしれなかった
扉の横に小さな窓があったが
窓枠が歪んでいて
壁との間に隙間がたくさんあった

 

扉もちゃんと閉まっていなかった
もしかすると家が傾いて
閉まり切らないのかもしれなかった

 

ノックすると中から女の人の声が答えた
結び目売りであることを告げると
その声はちょっとがっかりしたようだった

 

家に入ると
どうやら目の不自由らしい女の人が
テーブルの向こうに横向きに座っていた
手に持った鉢の中で
何かの実を擦りおろしていた
鼻歌を歌っているようだったが
調子っぱずれでなんの曲か判らなかった

 

髪の毛がボサボサで
頭のあちこちから飛び出した毛が
窓からの光で輝いていた
「ほんとうに来てほしい人は来なくて」
とその人はつぶやくように言った
「そうじゃない人が来るわ」
ぼくはなんと答えて良いか判らず
調子を合わせて適当な鼻歌を歌いながら
テーブルに結び目を並べた

 

彼女は結び目を手で触り
突然笑い出した
何が可笑しいのか判らなかった
かなり長く笑って
「あなた本当にこんなもの売ってるの?」
とぼくに聞いた
そうだという意味のことを答えると
「こういうのって売れるの?」
と聞くので
「そこそこ」
とぼくは答えた
「何の役に立つのか判らないわ」
と言うから
「ぼくにもです」
と答えた

 

その人はまたひとしきり笑って
「久ぶりに笑ったから一つ頂くわ」
と言った
「まいどあり」
とぼくは答えた
そして彼女は椅子から立ち上がり
手探りでクルミの実を三つぼくに渡し
中くらいの結び目をひとつ取った
ちょっと割に合わない感じだったが
ぼくは承諾した

 

家を出るとき
「また来てね」
と言うので
「気が向いたら」
とぼくは答えた

 

浜の方に下りていくと
なんだか得体の知れない大きな生き物が
打ち上げられているようだった
まわりでおおぜいの人が騒いでいた

 

生き物は大きくて黒くて目があって
生きているのか死んでいるのか判らなかった
ほんとうにおおぜいの人が
その生き物をとり囲んでいて
棒でつついたり上に乗ったり
飛び跳ねたりもしていた

 

中には
縄の結び目を手に持って振り回し
その先で生き物の頭らしき場所を
叩いている人もいた
その人の持っている結び目はもしかして
以前ぼくが売ったものかもしれなかった
でもそうじゃないかもしれないしそれに
そういうのが結び目の正式な使い方かどうか
ぼくには判らなかった

 

その日の夕方
漁師のおかみさんたちの集まりに行くと
結び目は
いつもより多く売れた

石畳の階段

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