踏み絵
踏み絵をやっていると聞いて
出掛けてみた
寺の境内らしき所に
大勢集まっている
羽子板を持つ人
破魔矢を持つ人
マフラーを巻く人
厚手のコートに中折れ帽の人
正月みたいだった
みな高揚した顔だ
人ごみの輪の中に弁士が進み出て
何やら説教をはじめた
漢語を多く含む難解な言葉の羅列だった
私は退屈しながら立っていた
やがて
背広の男が一人弁士の前へ引き出された
手拭いで目隠しされている
弁士は助手から刀を受け取ると
抜きながらその男に近づいた
何か語りつつ
いきなり弁士は男の首をはねた
「ぐぉーっ」という
どよめきが起こった
続いて
着物の女が引き出された
女は後ろ手に縛られ目隠しはなかった
小男が女の足の下に絵を置いている
遠くてよく見えなかったが
何か動物の絵らしかった
群集がざわめいた
ばらばらに始まったざわめきが
次第に一定の波動を持ち
「クアーッ、クアーッ」と
歌うように聞こえた
みんな女に絵を踏めと
要求しているらしかった
あたりは熱気をはらみ
人々の体から
湯気が立ち昇るのが見えた
私もなんだか血が騒いだ
胸のあたりがむずむずして
じれったいような気持ちだった
女は唇を噛みしめ
空を仰ぎ
何か決心した顔になった
草履を履いた女の足が
地面から上がり
ゆっくりと絵の上へおろされた
人々の口から
不満の声が洩れた
女はそのまま絵の上に乗り
幾度も幾度も
その上で飛び跳ねた
石を投げる者があった
わらじを投げつける者もいた
手に手に枯れ枝や布を持ち
人々は
女に罵声を浴びせた
私もいつしか足もとの石を拾い
手に握りしめていた
口が乾き
心臓の鼓動が
高鳴るのを感じた
帰りに通った参道で
私は透きとおる飴と
左右に豆の付いた太鼓を買った
夜が更けて寒さが増したので
私は足早やに歩いた
家に着き
あかりの下で服を脱ぐと
襟から袖口のあたりに
血の染みがついていた