龍の日
龍の日のために
我々はもう一度乾杯した
我々が手にした足の高いグラスには
赤い色の砂糖水が満たされていた
「ところで」
と先生が口を開いた
「今年の龍の被害はどうだろうか?」
「四月ごろ、北で一件ありましたね」
と、藤尾生が答えた
「そうだったね、あれは確かに龍のしわざだ」
先生は満足そうにうなづいた
「でもどちらかと言えば……」
花雄生が心細げに割り込んだ
「今年は例年に比べて少なかったんじゃ……」
先生は黙り込み
不機嫌な表情をした
我々はみな息を殺した
続けて喋ってはいけない雰囲気だった
「で、でも八月には……」
と竹夫生が言葉を繋いだ
「西の海岸で若い男が血を抜かれ
車の中で死んでいた事件があります」
「そうだったね、よく思い出してくれた」
先生は口の端を歪めてうなづいた
「しかし、あれは龍のせいじゃない」
我々は再び緊張した
先生が大きく息を吸い込むのが判った
「あれは、龍のせいじゃない
覚えておきたまえ
龍はあんな無駄はやらない」
先生は言葉に力を込めた
「龍の事なら
この私が誰よりも知っている
奴の行動に無駄はない
その殺りくに意味はないが
下らん遊びもありえない
それが龍だ」
先生の握りしめた拳が
微かに震えているのが判った
我々は
震え上がっている竹夫を見つめた
そして心の中で彼を裏切り
失言を責める目付きをした
それから一人一人先生に挨拶して
外に出た
小雨になっていた
山道を通るとき
我々は小さな炭焼き小屋を発見した
木が腐り
あちこち穴が空いて
倒れかかっていた
最初に柱を蹴ったのは杉男だ
私も扉を殴った
竹夫が壁に頭突きをくらわした
花雄が小さな体で体当たりした
小屋が倒れる時
雨の中にもうもうと土煙が上がった
街は闇に沈んでいた
姿の見えない自転車が
音だけたてて通り過ぎた
街灯がまたたき
星はなく
我々は寒さに震えながら
無言で歩いていた
杉男と花雄は一つのマフラーを巻き
私のズックは泥まみれで
踏むたびグジュグジュ音がした
始めに
コンクリートの廃墟へ
走り出したのは藤尾だ
みんなも後に続いた
居住者のいない
倒壊寸前のアパートだ
瓦礫の階段を駆け上り
我々は五階の
ガラスの無い窓に出た
遠くの空に雲が舞い
龍が下降し始めているのが判った
女の髪みたいな細い雲が
錐のように尖り始めていた
どこかで火の手が上がり
鐘が鳴っていた
風が
強くなる音がした
我々はひたすら息を殺し
龍の活躍を祈った