機械じかけの鮫

機械じかけの鮫

機械じかけの鮫

 

 機械じかけの鮫が出たというので、浜辺に行ってみた。
 なるほど、確かに大きな機械仕掛けの鮫が、浜辺でバタバタしている。その体はハリボテのようで、でも、ところどころ金属っぽくもあった。
「なんか鯉のぼりみたいですね」とぼくは横にいた女の人に言ってみた。「ええ」とその人は答えたきりうつむいている。
 見ると、その人は水着を着ているのだが、乳房が出ている。水着の上の部分がずれて、というか、わざとそうしている感じに乳房の下にあり、立派な胸がまるごと露出している。おそらく趣味でそうしているのだろうとぼくは思った。
 その胸について何か言わなければいけないのかなとぼくが思案しているとき、鮫が鳴き声をあげた。鳴き声の頭の部分は獣の遠吠えみたいで、後ろの方は金属的な音響だった。弾力性のある金属板を両手に持ち、縁どうしをこすり合せたような音だ。鳥肌が立つ、というか肛門がキュッとなる音だった。
「嵐が来そうですね」と、ぼくは遠くの積乱雲に目をやりながら言ってみた。胸ばかり見ているのも悪いと思ったからだ。「雨が来る前には匂いがします。今は、決してそんな時ではありませんわ」とその人は額に手をかざし、目の上にひさしを作りながら答えた。
 じゃいったい今はどんな時なんだ? とぼくは思った。

 

 このライオンは後ろ向きに歩きます、と飼育係りが言っている。確かに、そのライオンは檻の中で後ろ向きに歩いていた。「こうなるのにずいぶん訓練しました」と、飼育係りは誇らしげに続けた。「なるほど、素晴らしい成果ですね」とぼくも調子を合わせた。
 どこかからピアノの音が聞こえてくる。近くに音楽教室があるみたいだ。ピアノに合わせて先生が歌い、その後に生徒たちが続けている。でも生徒の声はてんでんばらばらで、ぜんぜん合っていない。こんなものが音楽か? とぼくは思った。

 

 未来を見通せるメガネなんです、と目の前の小学生が言っている。見た目から小学生だろうと見当をつけたのだが、もしかすると大人なのかもしれなかった。顔に似合わない丸いメガネをかけている。中の目がとても大きく見える。その目がメガネの中でクルクル動くから、人をからかっているのか冗談なのか本気なのか判らない。そもそも小学生に未来を見通す力が必要か? なんてことを考えていて「何が見えているの?」という質問をし忘れた。
 小学生は、あるいはその子供に見える人は、メガネを顔から離したり戻したりして見せびらかしている。メガネを顔から離すと目が拡大され、戻すと元のサイズに戻る。元のサイズに戻るはずだが、気持ち、最初より目が大きくなっている気がした。彼がまた同じ動作を繰り返すと、やっぱり最初より目が大きくなった。何度も何度もメガネを前後させるうちに、目がどんどん大きくなってメガネのふちからはみ出すくらいになった。
「絵にも描けない美しさですよ」と彼が言った。「何が?」とぼくは聞いた。「何もかも」と彼は言う。「何もかもね」とぼくは繰り返した。「何もかも」と、もう一度言ってみた。「何もかも」と、彼もかぶせてきた。「何もかも」「何もかも」「何もかも」と輪唱のようになった。

 

 老人が杖をつきながら「恐ろしく大きな蛇が来ます」と言っている。後ろを振り向くと確かに恐ろしく大きな蛇がこちらに来るようだった。蛇は近づくにつれてどんどん大きくなり、その鎌首をもたげた姿は、ちょっとしたビルディングのように見えた。蛇はどんどん近づいてきた。見上げると、口からは赤い舌がチロチロと出入りしている。やがて、蛇は手の届きそうなところまで来たが、あまりに大き過ぎて怖いとも思わなかった。
 そして、蛇は通り抜けた。それはぼくたちの体を通り抜けて行った。ぼくたちは蛇の腹のあたりから入って長い胴体の中を通った。胴体の中は暗かったが、いろいろな物がごちゃごちゃ見えたように思った。最後にぼくたちはしっぽのあたりから抜けた。振り向くと、去って行く蛇の後ろ姿が見えた。そして、すぐ近くに立っていたはずの老人がいなくなっていた。

 

 空から色々なものが降ってきた。傘とか冷蔵庫とかミシンなんかも降ってきた。赤ん坊とか、体格のどっしりした女性なんかも降ってきた。女性は座った格好でドスンと落ちてそのまま何かしゃべり続けていた。何かを大声でしゃべっていた。機嫌は悪くないようだった。そしてそれから、ヒトデがたくさん降った。ヒトデだけは集中的に降った。後から後からヒトデが降り、道路がヒトデだらけになってセンターラインも見えなくなった。見上げると、雷が鳴り空が曇り、月が三つも出ていた。

ライオンと蛇とヒトデ

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