父のこと
私の父は船乗りで
七つの海を渡り歩き
雲つくような巨人と戦った事もあると
生前語っていた
父は編物が趣味だった
父の編んだ
インディアンの少女のテーブル掛けは
今も茶の間に飾られている
父が月の石をお土産に帰ったことがある
私の小さい頃だ
父は宇宙飛行士もしていたから
火星にも金星にも行ったらしいが
月はその時が初めてだった
「月に兎がいないと思ったら……」
と父は語った
「餅をつかないと思ったら……」
とも語った
父がとても綺麗な女の人と歩いているのを
私は見たことがある
その人は体が透けていて
髪の毛がスローモーションでなびいていた
父が手を引き
その人の体は地面から少し浮いて
揺れながら歩いていた
庭の柿の木によじ登り
自分のまたがった枝を切り落としたのは父だ
父の乗った枝は空中に留まり
柿の木が
どうと音をたてて倒れた
父は
南米で鰐に食い殺されたことがある
アフリカで象に踏み潰されたこともある
張りつけにされ
火あぶりになったこともある
と言っていた
最後の時
スプーンのような物がたくさん
父の布団に降った
後から後から止めどなくスプーンが降り
布団が埋まってしまった
鴨居に掛けられた写真を見ると
私の父は今でも
顔にクモの巣を絡ませて笑っている
オレがむかし夕焼けだったころ 弟は小やけだつた
父さんが胸やけで 母さんが霜やけだった わかんねぇだろうな♪
信じられないだろうが 人間やる前 夕焼けやってた ワカルカナ♫ 松鶴家千とせ
父さんて不思議だねぇ とらえどころがないんだよ でっかいのか小さいのか
大物なのか小物なのか 謎だよね 遠くにいるのか近くにいるのか 不思議だね
父さんは昔の人さ それだけはハッキリしてるよ
コメントどうもありがとうございます。
これは例えば小さい男の子が父親に対して感じるある感情を、一部分だけ拡大して書いてみたものです。
「大物なのか小物なのか謎」は、同感です。ごく普通の父親であっても子供から見たらこんなふうに見えるところがあるんじゃないかと思っています。