鋼鉄の巨人
鋼鉄の巨人が出来たと聞いたので
行ってみることにした
そいつは巻き上げ式金属シャッターのある
ガレージみたいな部屋に据えられていた
テラテラと黒光りする体躯を
暗闇に横たえ
咳き込むような音をたてて震えていた
博士がまっ赤な唇を開き
長年の苦労をぼくらに語り始めた
ぼくらは
早く巨人に触りたかった
その艶のあるボディーに触れ
彼を作動させたかった
「だがその前に」と博士は言い
ポケットから
赤い液の満ちた試験管を取り出した
ぼくらの見守る中
博士は震える手で
中のゼリー状の液体を飲み下した
博士の唇の赤いわけが
それで判ったような気がした
続いて博士は
股間を巨人の突起にこすりつけた
「これは厳粛な儀式なんだ」
と博士は照れ隠しに言い
顔を紅潮させ
何やらかん高くうめいた
鋼鉄の巨人の操作を
教えられたのはその後だ
操作盤の飾り物みたいなボタンに
ぼくらはすっかり魅せられた
「彼の行動にはONとOFFしかあり得ない」
そう博士は断言した
そこにレバーやダイヤルが無く
ボタンだけなのはその為らしかった
博士は子供みたいに小さな手で
いくつかのボタンを力任せに叩いた
ぼくらはそんな博士の動きに
いくばくかヒステリックな物を感じた
鋼鉄の巨人がブルブルと立ち上がった
奴はレースの帽子を被り
白い縁取りのエプロンを付けていた
「彼は人類の下僕だからだ」
と博士が注釈を加えた
鋼鉄の巨人が大空に飛び立った
ぼくらは
彼にしがみついているのがやっとだった
その巨体は
全方向に向けて激しく揺れ
どこもかこも
油でつるつるしていた
誰もが
落とされまいともがきつつ
夜の街を低空で飛ぶこの快挙に
興奮していた
博士が
いくつかの付加機能を実験し始めた
鋼鉄の巨人は
その度に咳き込み
失速し
うなり
錐もみを起こし
もがき
うめいた
今夜は誰もが
この雄叫びを聞いたに違いない
今夜は誰もが
平穏な眠りを妨げられたに違いない
今夜は誰もが
我が身の恥を思い知るのだ
今夜は誰もが
自らの無力さを嘆くのだ
ぼくらの
鋼鉄の巨人が飛ぶ
今夜は誰もが
身を固くし
空からの恐怖に
心を凍らせるのだ